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北見遼
著者:北見遼(きたみりょう)
夢と現をさまよいながら、文章を連ねるさすらいの文字使い。信州産、現在は神奈川で培養中のもやしっ子。活字と美術と歴史をこよなく愛する。治したいのは積読本をためる癖。
小説/SF

葬送のフーガ(4)

[連載 | 連載中 | 全17話] 目次へ
白葬――この世から完全に消え去りたいと願う人に受け入れられた。セリトが考え出した新たな埋葬方法である。それに対しセリトの同期でユノの婚約者でもあるハルの創案である原子葬は資本の力もあり台頭する。セリトとハルの確執とは?
 レイ(四)

「ハルという人は何者なんですか」
 もはや黙っていることは不可能だった。
 急に意気消沈したユノを客間に追いやると、僕は開口一番セリトさんに詰め寄った。
「ユノちゃんの婚約者だよ」
「そんなことはわかってます!」
「おや、見てすぐにわかったのかい? 最初はそうだとは思わなかっただろう」
 僕が初めてハルと顔を合わせた時、セリトさんは玄関から遠い浴室で掃除をしていたはずだ。それなのに、まるで僕たちの会話を聞いていたかのようなことを口にする。
「……あの、ハルって人にも言われましたよ。見た目で判断するなんて、さすがあいつが育てただけあるって。あんなふうにセリトさんの悪口を言うなんて……いったい何者なんですか」
 最後までセリトさんに氷のような視線を向けていたハル。子供の姿には不釣り合いなほど、その目には深く重い感情が凝縮されていた。
 ふう、とセリトさんは一つ息をつくと、リビングのソファにもたれかかった。言い出しにくいことを口にする時の、セリトさんの癖である。本人はもしかしたら気づいていないかもしれないが。
「ハルは私の商売敵だよ。ただし、彼の方が明らかに成功者だけどね」
 彼が所属する大手グループの名前を思い浮かべ、僕は一つの答えを導き出した。
 セリトさんの商売敵。それは飲食業のことではない。
「……原子葬、ですか」
「正解」
 短く答えたセリトさんの視線が、ソファの脇に置かれた鉢植えに注がれていることに僕は気づいた。――正確には、白葬用の箱だ。
 白葬、それはほんの一時期だけ流行り、すぐに廃れてしまった埋葬方法の一つである。そして白葬を考案し、広めたのが誰あろう、このセリトさんだったのだ。
 セリトさんはあまり過去を語りたがらない。だから僕もあえて訊ねるような野暮なことはしない。それがこの家での暗黙のルールになっていた。
 だけど、白葬を始めたきっかけについては、昔にちょっとだけ話してくれたことがある。
「アルバイト中に思いついたんだ」
 と、セリトさんは少し自慢げに語った。
 それはフライドチキン屋でのアルバイト中だったそうだ。チキンを入れる白いパッケージは、環境保護のために地中分解できる素材を使っている。しかもその容器だけでなく、チキンの骨や残飯を入れておけば一緒に中身も分解されるのだ。そこでセリトさんが思いついたのは、「人骨も同じように分解できないか」ということだった。
 まるで完全犯罪を狙う犯人のような発想である。しかし隠蔽すべき犯罪も死体もなかったため、セリトさんはそれをビジネスに活かそうとした。つまり人骨をチキン用パッケージに詰めて埋めれば、いずれ地中できれいに分解され、跡形もなくなるという新たな埋葬方法である。
 そうして「本当に土に還る日を夢見て、眠りましょう」というキャッチフレーズとともに始まった白葬は、意外な人気を呼んだ。
 当時の埋葬は、火葬にした骨を壺に入れて土に埋めるのが一般的だった。しかし陶器でできた壺に入れてしまえば、本当に土に還れる日などなかなかやってこない。人は骨の形のまま、冷たい土の下で眠り続けなければならないのだ。
 しかし白葬を選べば、一月もすれば土と一体化してしまう。この世から完全に消え去りたいと願う人にはもってこいだ。そして、そう願う人は案外多かったのだ。
 セリトさんは白葬の考案者として、結構な財を手に入れたらしい。自分自身も白葬屋を始め、商売は軌道に乗った――かに思われた。
 そう、「原子葬」が台頭してくるまでは。
「あの人は原子葬の創始者なんですか」
「そうだね。彼が考案し、グループがそれをビジネスとして立ち上げた。資本力は絶大だからね、とても一個人じゃ太刀打ちできないよ」
 セリトさんは苦い笑みを浮かべた。無理もない話だ。大企業が新ビジネスとして本腰を入れれば、たかが民間人の思いつき商売など一瞬にして潰されてしまう。
 事実、原子葬は瞬く間に広まった。従来の火葬場の多くを買い取り、原子葬場に建て直したため、一定需要も確保できた。
 原子葬とは、遺体を原子レベルにまで分解し、この世に塵一つ残さない方法である。白葬よりも完全に、しかも素早く分解できるため、白葬希望者たちが目移りするのは当然のことだった。
 もともとこの世から跡形もなく消えたいと願うからこそ、白葬を選ぼうとしていたのだから、どうせならより完璧を求めるだろう。
 しかも、「原子に還って新たに生まれ変わる」というキャッチフレーズが効いた。今の世でも、輪廻転生(リーインカーネーション)という思想は有効らしく、しかもそれが物理的に可能になるとあって、多くの人々が原子レベルでの再生を願うようになった。
 ただ、原子葬の場合はコストがかかるという問題があったが、葬祭企業を丸ごと買収するなどして、葬儀のセットプランを打ち出すことにより、価格を抑えることに成功した。
 一方の白葬は、一度火葬にしてから箱に詰めて埋める手間と、分解に時間がかかることから客が離れ、そして何より火葬場の激減により、維持が難しくなってしまった。
 そのようなわけで、現在では白葬の名を知る者すらほとんどいないという有様なのである。我が家では、余った白葬用の箱が物置で山積みになっており、用途といえば鉢植えに転用するのが関の山。完全に廃業したわけではないが、ほとんど開店休業状態である。
「もしかして……あのハルって人、セリトさんに対抗するために原子葬を始めたんじゃないですか?」
「どうしてそう思う?」
「だって、あの口ぶりはどう見てもセリトさんを目の敵にしているとしか思えませんよ。何か因縁があるみたいな――」
 そこまで言いかけて、僕は口をつぐんだ。これ以上訊けば、セリトさんの過去を探ることになってしまう。今日まで過去に触れないことでうまくやってきたのに、こんなところでそのルールを破るわけにはいかなかった。
 しかし、セリトさんは僕の言いたいことを充分すぎるほど察していた。だから普段は語らないことを、この時は口にしたのだった。
「ハルは私の大学時代の同期なんだ」
「ど、同期!?」
 僕は思わず頓狂な声を上げてしまった。いくら何でもセリトさんと同年代とは思えない。その思いが顔に出ていたのか、セリトさんはすぐに首を振った。
「いや、同期だけど同い年ではないよ。あいつは私より七つ下だ。いわゆる飛び級というやつでね、十二歳で大学に入ったんだ」
「十二歳……」
 僕は呆然とつぶやいた。要するに天才児だったのだろう。セリトさんは、学歴だけは無駄に良かったのだ。その大学に十二歳で入るなど、とても普通の脳味噌ではない。
「あの頃は、見た目と中身の年齢は同じぐらいだったんだ。だけどそのまま体の成長は止まってしまった。生意気なところも含め、ハルはそれ以来ずっとあの姿のままだなんだ。ああ見えても今年で二十七になるはずだよ」
 二十七歳――それは確かに、噂で聞いていたユノの婚約者の年齢である。子供に見えても、僕よりはるかに年上なのだ。「人を見かけで判断する」とは、そういう意味だったのか。僕はようやく理解した。
「見た目で判断することの危うさを、おまえは充分わかっているだろう?」
 セリトさんは少し寂しげな面持ちで、僕をじっと見つめた。まったく、セリトさんには読心術でもあるのではないだろうか。すべて見透かされているようで、僕はこんな時、ひどくいたたまれなくなる。
「……ごめんなさい」
 僕のせいで、セリトさんまで罵られることになったのだ。セリトさんの育て方が悪かったのではない。僕の心構えが悪かったのだ。
 ――外観など、その人の本質とは無縁であることを、僕は痛いほどわかっていたはずなのに。
「さあ、今日はもう寝なさい。いろいろあって疲れているだろうしね」
 僕の頭にぽんと手を載せて、セリトさんはそう告げた。その口元には、穏やかな笑みが浮かんでいるだろう。それはわかっていたけれど、僕は顔を上げることができなかった。
 本音では、もうこんな子供扱いをして欲しくない。だけれど、こんな時はされるがままにしてしまう。
 子供のふりをしている限り、こうしてセリトさんに気兼ねなく触れられるから――。
(つづく)
(初出:2015年07月07日)
登録日:2015年07月07日 17時45分
タグ : 葬儀 遺伝子

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