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北見遼
著者:北見遼(きたみりょう)
夢と現をさまよいながら、文章を連ねるさすらいの文字使い。信州産、現在は神奈川で培養中のもやしっ子。活字と美術と歴史をこよなく愛する。治したいのは積読本をためる癖。
小説/SF

葬送のフーガ(5)

[連載 | 連載中 | 全17話] 目次へ
完全な遺伝子を持った子どもの出生率は7割を切っていた。3人にひとりが何らかの異常をかかえているのだ。ハルもまたそのひとりであったのだ。そして居候であるぼく――レイ。同級生で財閥の娘ユノもまた……。
 レイ(五)

 その夜は、どういうわけか目が冴えて眠れなかった。この二日間で、事が多すぎたせいかもしれない。今までひっそり生きてきただけに、そのギャップはあまりに大きかった。セリトさんが半ば隠居生活をしているせいで、僕もそれが当たり前のように感じていたのだ。
 溜息をついて寝返りを打ちながら、僕はハルという少年の姿をした男の顔を思い出していた。彼はどう見ても僕よりはるかに年下の子供なのに、実際には二十七歳だという。セリトさんは詳しく話さなかったが、恐らく先天的に遺伝子の異常を抱えていたのだろう。
 最近では、遺伝子の傷ついた子供が生まれることなど珍しくもない。程度の差はあれ、完全な遺伝子を持った子供の出生率は、すでに七割を切っているという。三人に一人が、何らかの異常を抱えているのだ。
 だが、僕の知る限りでは「成長しない子供」はそう多くない。珍しい部類に入るだろう。そんな彼とユノとの婚約は、いったいどのような意味を持つのだろうか。
 ユノの様子とハルの態度、そして彼らの家柄を見ても、いわゆる政略結婚に間違いないだろう。二人の間には愛情の欠片も感じられなかった。しかし、となればなぜハルが選ばれたのか、解せない。あれだけ大きなグループなら、成年男子はハルの他にもいるはずだ。
 ハルの体は、きっとこのまま成長しない。ということは、たとえ結婚しても子供が望めない可能性が高いということだ。それがわかっていながら、一人娘のユノを嫁がせる意味を、僕は考えあぐねていた。
「……まあ、どうせ僕には関係ないんだけど」
 大きなグループ内の思惑など、僕のあずかり知るところではない。いくら眠れないからといって、夜中にわざわざ頭を使って考える必要もないのだ。せいぜい羊でも数えていた方がましだろう。
 安眠効果のあるハーブティーでも淹れようかと、ベッドに半身を起こしたところで、僕の耳はドアがゆっくりと開けられる音を拾った。
「レイ……入ってもいい……?」
 その声はまぎれもなくユノのものだった。かすかに開いたドアの隙間から、小柄な人影がこちらの様子を窺っている。
「ど、どうしたんだよ、ユノ。とにかく、いいから入れよ、風邪引くぞ」
 枕元のランプをつけて、僕はユノの方を見た。オレンジの光にぼんやりと照らされた彼女は、冬だというのにパジャマ一枚の薄着だったのだ。
 静かにドアを閉めたユノは、足音を忍ばせながら近づき、僕のベッドの上に座り込んだ。
「レイ……」
 ユノは僕の名を呼ぶと、その手を僕の手に重ねてきた。氷をあてがわれたかのような冷たさに、僕は思わず身震いした。
 だが、本当に僕を震わせたのは、彼女が放った次の言葉だった。
「――抱いて」
 一瞬、何かの聞き間違いかと思った。それとも、何か別の意味ではないかと。
 しかし夜中に人の寝室を訪ね、ベッドに上がり込み、手を握りしめながらささやく――これら一連の行動に、別の解釈を与えるのは非常に困難だった。
「な、何いきなり言ってるんだよ……おまえはもうすぐ結婚する身だろ? 馬鹿なこと言ってないで、早く部屋に戻れよ。明日には婚約者が迎えに来るじゃないか」
「ハルは……わたしを愛してなんかいない。あの人は、ただ一人のことしか見えてないのよ……それは、わたしじゃないわ」
「だからって僕に鞍替えするのはおかしいだろ。それに、家同士が決めたことじゃないか。気の迷いで取り返しのつかないことになったらどうするんだよ」
「家なんか!」
 その単語に反応し、ユノはキッと僕をにらみつけた。その瞳は、ランプの灯を反射してオレンジ色の炎のように揺らめいている。
「家なんかどうなったっていいのよ! わたしは家を守る必要もないし、その気もないわ。――そもそもわたしは生まれてくるべきじゃなかったんだから」
 視線を落とすと、ユノの握りしめた拳が細かく震えていることに気づいた。こんな時はどうすればいいのだろう。抱きしめて頭を撫でてやるべきなのか。
 しかし、ベッドに上がり込んで迫ってきた相手にそうすることは、要求を受け入れるという答えになってしまう。
「……なあ、ユノ――って、うわっ!?」
 ためらいながらも僕が口を開きかけた瞬間、僕の視界はぐるりと反転した。
「こ、こら、おい、ユノ! ちょ、ちょっと待てっておまえ、何して――」
 焦るとろくな言葉を発することができない。何しろ僕は、ユノに押し倒されているのだから。
 しかし、ちょっと柔らかめのマットが仇をなして、のしかかってくる彼女を思うように引き剥がせない。このままではまずい。
「いい加減やめろって、こらユノ!」
 ユノの氷のような指先が、僕の素肌の上をすべる。その冷たさに、僕は思わず息を呑んだ。
 いつの間にか、僕のパジャマのボタンは器用にすべて外されていた。そして、冷たい繊手はさらに下方へと伸ばされる。
「――っ!!」
 ためらわずに、僕は思いっきり突き飛ばすべきだったのかもしれない。彼女がその手と目で気づいてしまう前に。
 だが、時はすでに遅すぎた。
「どう……いう、こと……?」
 ユノの動きはぴたりと止まっていた。僕の上に跨ったままの姿で、その視線は露わにされた僕の下腹部に注がれている。
「――あなた、男の人じゃなかったの……?」
 ユノが驚愕の目を向ける先には、あるべきものがなかった。その、痕跡さえも。
 僕は一つ息をつき、上に乗っている彼女を押しやるように半身を起こすと、隠していた真実を告げた。
「僕は男でも女でもない――中間性(インターリム)だ。だから、ユノの要望に応えてやることはできない」
 その言葉を聞くと、ユノは無言のままベッドを降りた。
 そう、それでいい。彼女がいくら願ったところで、僕はそれに応えてやれない。少年の姿をした婚約者以上に、僕の体は不完全なのだから。
 声を出すことも振り返ることもなく、ゆっくりと部屋のドアへと向かうユノの後ろ姿を、僕はただ見送っていた。
(つづく)
(初出:2015年07月19日)
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登録日:2015年07月19日 14時27分
タグ : 遺伝子

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