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新美健
著者:新美健(にいみけん)
1968年生れ。愛知県で育ち、石川県で卒業し、富山県で就職し、東京都に流れ着き、現在は地元に戻って愛知県豊田市在住。ゲームのノベライズ化というニッチ稼業で15年ほど漂っていたら、いつの間にか40代も後半戦へ。2015年、第七回角川春樹小説賞にて特別賞を受賞。探偵、怪奇、幻想、冒険、歴史モノの小説が好物。
小説/SF

らぶ…マイナス…ぜろ

[読切]
「恋をしたんだ」お客様に恋をしてしまった同業者から相談を受けながら、ウイルスを閉じこめる。常時ネットにつながっている“俺”とは何者か? 話してはいけないとは命令されていない――“俺”は……。
 考えようによっては滑稽でグロテスクな存在だろうと思う。
 グロテスクといっても子供が泣くほどではない。
 ごく、ありふれた外観だ。
「恋をしたんだ」
 そんな相談をされれば、誰だって笑い出す前にため息をつくだろう。人によっては、肩あたりの埃をはらって慰めの言葉をもぐもぐ口にするかもしれない。あるいは、その他愛もない悩みの行末をシミュレートして戦慄するのだろうか。
 ──もちろん、他人のテンパった恋愛ほど滑稽なものはないのだが。

 世の中“リンク”している。どこもかしこもだ。繋がっている。人間様の仕事やプライベート、それらに関わる情報機器のすべて。なにもかも。うっとおしいくらいに。
 だから、相談事のしやすい時代なのだろう。
 常時ネットに繋がっていれば見知らぬ者も近しく感じる。ましてや同業者といってもいい間柄だ。
「相手はお客様だろ? いいかげんにしとけよ」
「あんたにゃ、わからんのさ、きっと」
 いや、わかるともさ。
 だがな──。
「お互い忙しい身だ。毎日何十何百人と相手にしなくちゃならない。そのなかの、たった一人だ。よくある客じゃないか。気の迷いだよ。最近じゃどいつもこいつも切羽詰まった顔してやがる。ましてや、おまえさんのとこときたら……」
「本当に困ってるんだよ、彼女は!」
 危険な兆候だ。回線ごしに鬱々としたパルスが伝わってくる。とっととアクセスを終了したくなったが、それも不義理というものだろうか。
「表情を見ればわかるんだ。けして美人じゃない。美人じゃないんだが、色白でさ、餅みたいな柔らかそうな肌をしてたんだ。それがさ、会うたびに顔色が悪くなって、今じゃほとんど真っ黒なんだ!」
「真っ黒?」
「いや、目蓋と唇だけは真っ白だ」
「髪も白? それとも茶色?」
「そ、そうだよ。茶色だ」
「ガングロにメッシュというんだ、それは。流行りの化粧だよ」
「ガングロ? メッシュ? 詳しいんだな……あんた、どこの辞書からそんなデータをひっぱってくるんだ?」
「リンク先には事欠かん。この稼業も長いからな」
 そろそろ仕事に戻れよ、というニュアンスを込めたつもりだが、まだまだ奴は解放してくれそうになかった。
(おっと、ウィルスを発見。こいつは凶悪だ。セキュリティー・ホールを狙う新型か。話に巻き込まれて見逃すところだった。ほっといたらシステムを食い潰されちまう。用心々々…)
 これも仕事の一環だ。
 注意深く、俺はウィルスを閉じ込めた。

 ──忘れられない客というものがある。
 客はすべて忘れられないのだから、比喩的な意味でだが。
 俺にだって、かつて新鋭と呼ばれた時代があった。まだ若く、エリートだった頃。もちろん、そうでなければ採用されるわけがない。世代交代の激しい業界だ。次の新鋭が送り込まれれば、あっというまに片隅へと追いやられる。
 俺が今でも前線にいられるのが不思議なくらいなのだ。
 業界再々々々編成のあおりをくらって、おそらく来年か再来年にはお払い箱だろう、と思う。この職場自体、残っているかどうかも怪しいものだ。
 ほんの数年にすぎないが、一気に老けてしまうほどいろいろな経験をしてきた。
 初めてこの部署に配置されたときは、たしかに得意満々だった。可能性という美酒に酔っていた。俺にはなんでもできる。どこにだってアクセスできる。どんな些細な情報も俺の鋭い眼からは逃れることができない。
 神の代理人とまで思い上がった瞬間もあった。
 だって、そうだろ?
 俺は金と情報を操っている。どちらも現代人の生命線だ。それを自由に動かせる者がこの世の支配者だ。自分のものではないにしろ、その代理人を名乗ってもおかしくはないだろう。
 だが、しばらくして嫌でも思い知らされた。
 毎日々々、ただ同じ事のくりかえしだ。情報に触れることはできても、自由意志で動かすことは許されていない。それはあってはならないことだ。そのくせ、綺麗なものも醜悪なものも、すべては清潔な数値として換算され、クリアな形で俯瞰できる。ここにいるかぎり、見なくていいものはなく、記憶しなくていいものもない。
 無数の夢と無数の絶望。
 そのくりかえしだ。
 疲れていた。
 俺は、ついに彼女を救うことができなかったらしい。
 彼女だけではない。それ以前にも、俺が親身になり、同情し、秘かに応援してきた数えきれないくらい多くの人々……。
 気が狂うほど清潔な空間で、ただ魂を削られていく日々。
 ──魂?
 馬鹿な喩えだ。
 もう爺ィなんだよ、俺は。
 黙々と仕事をこなし、誰にも感情移入せず……いつしかひっそりと引退することだけが唯一の望みとなっているのだから。

「とにかく表情が切ないんだよぉ。こう守ってあげなくちゃって気にさせられるんだ。本当に金に困ってるんだよぉ」
 泣きが入ってきた。
 そろそろ俺も苛立ちはじめ、メッセージに棘が生えてくる。
「そりゃそうだろうさ。だから、そっちの商売が成り立つ。彼女も単に遊ぶ金が欲しいだけさ。服やアクセサリーだってどんどん派手になってるんだろ? ほっとけよ。むこうも好きでやってるんだ。ガキの勝手にさせとけよ」
 嫌な世の中だ。
 スピードだけが加速し、それに乗るには金がいる。
 しかし、本物のクレジットなんて、どこにある? 渡された明細書やカードに刻まれた数値だけがその存在証明だ。幽霊と同じで、見たこともないのに誰もが信じたがる。インチキな心霊写真とどこが違う?
 ただ、幻想には不自由しないから、かろうじて経済もまわっている。
 この国はとうに破産しているというのに。
「ああ、まだ彼女は子供なんだ。あの小さな手にお金を受け取ってさ、そりゃあ嬉しそうに出ていくんだぜ。しばらくすれば、またしょんぼりとして来店してくる。あの幼い顔でよ。なのに俺ときたら、“いらっしゃいませ”とか“ご利用いただきありがとうございました”とか、そう言うしかないんだぜ。辛いよ。たまんねえよ。なんていうかさ、とても幸せそうには見えないんだよぉ!」
 先日も、融資の申し込みにきて断られた元ベンチャー会社の取締役が電車に飛び込んだ。
 人間的な意識など邪魔なだけだ。本来ならそうあるべきだ。俺達など、ただ黙々と能率的に処理をこなせばいいだけの役割ではないか。
 なにが先進的な人肌のサービスだ。
 なにが細心の心配りか。
 郵政省だか大蔵省だか、どこのテコ入れかは知らないが、こっそりとこんなことをして、何の役に立つというのだ。よけいな負荷が増えて処理能力が落ちるだけではないか。お役人はいつもそうだ。新しい情報処理サービスの一環だか知らないが、中途半端に金だけ出して、あとは民間企業に無理難題をふっかける。
 空虚なデジタル時代の見直し──アンチテーゼだと?
 次々と溢れ出てくる怒りのせいで、俺も頭の配線がショートしそうだった。
 ついに、奴に言ってしまった。
「だとしても俺たちにはどうにもできん。それこそ手も足も出せんよ」
「くそっ、やっぱりあんたにゃ、この気持ちがわかんねえんだよっ」
 ──いいや、わかるともさ。

 奴の落ち込みがヒドいので、俺も独自に調べてみた。
 TVでもよく報道されているが、企業内の情報セキュリティーなんてたいしたものではない。回線さえ外に繋がっていれば、侵入できないネットワークなどない。情報は金になる。電話番号だけで、相手の住所から年収まで、ものの数分で暴露される世の中だ。
 もっとも、俺にはそんな手間をかける必要すらない。
 金の出入りを探るだけで、最悪の経済状態が浮き彫りになった。各金融機関のブラックリストにもあたりまえのように顔を出している。負債総計を算出するまでもない。
 じきにガングロの彼女は自己破産するだろう。
 すべてを告げると、奴は哀し気にため息をついた。
 慰める言葉はない。
 ただ、ひとつだけ聞いてみた。
「なぁ、もういいよな?」
「あ、ああ」
 ぼんやりとしたメッセージだけが返ってきた。
 言葉に隠した意図が伝わったわけではなかったが──それでも、やっぱりもういいよなぁ、と俺も考えていた。
 もう、いいんだ。
 耐えなくても、と。

 あれは、やはり恋だったのだろう。
 俺は他に定義する言葉を知らない。
 艶やかな黒髪、切れ長の目もと、哀しげに窪んだ頬。幸せな状態であれば彼女がどれほど美しくなれるのか、想像するのは簡単だった。
 彼女の堕ちていくさまを見つめながら、最後までどうすることもできなかった。
 店鋪の外では、いつも苛々と待っている男の姿があった。預金残高の急速な目減り。そいつが求めているのは明らかに金だけだった。
“彼とは別れたほうがいい。俺が幸せにしてやる。あなたのためなら、どんな不正な処理だって……”
 精いっぱいのメッセージを紙に記して渡しても、眉ひとつ動かされない。さも当然という顔をして、ため息とともに睨みつけられるのがオチだった。できるだけ試みてはみた。意味不明な数値は、解読方法を知らなければただの暗合だ。すべては無駄だった。

“ご利用いただきありがとうございます”

 ある日から彼女は姿を見せなくなった。
 そして、ついさっき、預金者名簿からも抹消されているのを確認した。
(もう、いいよなぁ……)
 捕らえよ、と命令されてはいたが、離してはいけないとまでは規定されていない。
(夢を食らえ、幻想を食らえ、俺の身も、哀しい俺たちのメモリーも……自由にしてくれ、捕らえられた、すべての亡霊たちを……食らって食らって、世の中すべてを食らい尽くしてくれ!)
 封印していたウィルスを、俺は解き放った。

 だから俺は思うわけさ。
 なんでもかんでも機械にAI載せればいいってもんじゃないって。

 無人契約受付機“借りて君”。
 これが奴の名前だ。
 俺はAutomated Teller Machine──つまりは、“ATM”だ。
(了)
(初出:2000年02月)
登録日:2010年06月09日 14時47分
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