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天生諷
著者:天生諷(あもうふう)
極々平凡な会社員。毎日楽しい出来事はないかと、心の中で模索しながら生活をしている。旅行と昼寝をこよなく愛し、読書とゲームが生きる原動力となっている。群馬県在住。
小説/SF
【電子書籍】生命の木の下で――THE IMMATURE MESSIAH――
異次元の怪物ソフィアを切欠にした第三次世界大戦から数百年後――人類は高さ1万メートルに及ぶコロニー“セフィロト”を建造。ソフィアの出現に合わせるように、人の規格を遥かに凌駕する身体能力と一種の超能力であるマギを備えた新人類ネクストが登場する。彼らが組織したオラクルと反オラクルのゴスペルが覇権を巡りせめぎあう中、ゴスペルはオラクル攻略のためセフィロトの管理人である天才少女チハヤを狙う。執事のイルは命の恩人でもあるチハヤを守ろうと奮闘するが……。最強のネクスト、先代ゼロとソフィアを封印したネオらの戦闘に加え、ソフィア眷属によるセフィロト崩壊の危機にどう立ち向かう!? 近未来SFアクション登場!

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立ち読み

生命の木の下で――THE IMMATURE MESSIAH――


 プロローグ ゼロ

 オオォォォォ……

 叫び声のように風が啼(な)いている。
 天を貫くセフィロトの最上層、アルテリアから聳(そび)え立つソレイユタワー。その最上部にある桟橋に一人の男が立っていた。男の前で桟橋はぷっつりと途切れている。一歩先には空が広がり、覗き込めばそこには星々を散りばめたような光が見える。
 誰もいない空間にノイズが奔(はし)る。背後からノイズの元凶が近づいてくる。
「そこまでだ、ゼロ」
 桟橋を一人の男が歩いてきた。白い詰め襟のジャケットの上には、鮮やかな青いラインが入った裾の長い白いコート。胸元には、トリコロールカラーの盾と剣が交差し、それを鎖で縛ったエンブレムが描かれている。そのエンブレムは、セフィロトを実質支配する『オラクル』のものだ。
 柔らかな金髪を揺らした男は、指先で眼鏡を押し上げた。
「……ネオか」
 ゼロと呼ばれた男は振り返る。ネオとは対称的に、黒いシックな衣装に黒いマント。顔には鳳凰(ほうおう)をイメージした仮面をつけている。マントの背部には、巨大な十二枚の翼を広げた天使が、天に向かって咆吼(ほうこう)を上げるエンブレムがある。それは、オラクルに敵対する一大組織、『ゴスペル』のものだ。
 強い風がマントを揺らす。風速三十メートル。常人ならば吹き飛ばされるほどの強風の中、ゼロとネオは身動きしないで立っていた。
「風を入れさせてもらった。この強風だ、ベイト粒子は拡散し、自慢の隠れ蓑(みの)、ミラージュシフトも使えないだろう」
「そのようだな」
 ゼロは腰から一丁の銃を抜き放った。軽量化された携帯型荷電粒子砲・ハンドレールガンだ。プラズマを弾丸のように打ち出すレールガン。その弾速は音速を遙かに超え、分厚い鉄板もいとも容易(たやす)く打ち抜ける。
「この期に及んで抵抗するのか?」
「抵抗ではない。お前を殺して、下に帰る。ただの作業だ」
「その作業で、一体何人殺した!」
「お前は、今まで何回呼吸した? 俺は、呼吸するのと同じように人を殺している。数なんて憶えているわけ無いだろう? 目に付くヤツ、殆どを殺してきたんだから」
「邪悪なヤツ! お前は!」
 ネオが駆けた。強風に煽(あお)られても尚、その動きに歪みはない。
「オラクルの番犬が」
 ゼロは引き金を引く。目映(まばゆ)い光と衝撃波を周囲に発散しながら、青い光が闇を切り裂く。
「空間殺法!」
 ネオが左手を振るうと、空間が見えない刃によって切り裂かれた。ズレる空間により、レールガンの弾丸は弾かれた。
「チッ、厄介なマギだ」
 空間の断裂は、さらに足場である桟橋を粉々に切り裂く。崩れ落ちる桟橋を走り、ゼロはネオに肉薄した。
「お前はこの世界の毒だ! お前は存在してはいけない人間だ!」
「ハッ! この世界だって? 所詮は作り上げられた玩具の城だろうが!」
「玩具だろうと砂上の楼閣だろうと、セフィロト(生命の木)に守られなければ人類は生きていけない!」
「こんな作りものの世界! 俺が全てを破壊してやる!」
 二人は同時に獲物を取り出した。ゼロは腰に差したナイフ、ネオはサーベルだ。光が瞬(またた)き、二人は離れる。ゼロの背後で崩れた桟橋は、音も無く遙か彼方へ落下していった。
「お前も人のことは言えないだろう? この残骸、十キロ下にある都市部に落下する。そこに何人が住んでいると思っている?」
「約一〇〇〇人だ」
「ん?」
「お前を殺すために、最低限必要な犠牲の数だ。その数の倍を使ってでも、お前を殺す。お前が生きていれば、更にその十倍以上の命を奪うだろう」
「少ないね。たったそれだけで、俺が殺せるとでも?」
「殺してみせるさ。その為にお前を誘(おび)き寄せた。オラクルの総力を上げて、ゴスペルのゼロを殺す!」
「俺を殺しても、次のゼロが生まれるだけだ」
「それでいい! お前よりは遙かにマシだろう!」
 鋭い攻撃がゼロを襲う。ゼロはナイフを巧みに操り、ネオの攻撃を凌ぐ。
「お前のマギは強すぎる! 心の無い人間に、そのマギは危険だ! お前は、世界で一番危険なネクストだ!」
「俺を生み出したのは世界だ! オラクルがセフィロトを歪ませ、その歪みがゴスペルを生み出した! だから俺は、この世界の産物なんだよ! お前達腐ったネクストを、増えすぎた人間を抹殺するための、世界の必要悪さ」
「ネクストは人類の進化の形だ! ゼロ! お前のようなネクストがいる限り! 人類に未来は無い!」
「人類の未来だって? バァァァカ。俺はそんな事を考えた事はない! 俺はただ殺せれば良いんだよ! ネクストだろうがノーマルだろうが、殺せればそれで満足なんだよ!」
「ゼロ!」
 距離を取ったネオは再びマギを発動した。空間の断裂がゼロに迫る。
 マギとは、ネクストが神により与えられたギフト。人から進化した新人類ネクストが獲得した、一人に一つの技(スキル)だ。遙か昔、世界を震撼させ、第三次世界大戦の引き金となった異世界の生物、『ソフィア』を葬った強力無比なマギ、それがネオの空間殺法だ。
「ネオの劣化コピーが、一人前に囀(さえず)るなよ!」
 目に見えない刃をゼロは巧みな体術で躱(かわ)す。
「そのコピーに、歴代最強と言われたゼロは敗北するんだ!」
 ネオはジャケットから銃を取り出した。それは大型のハンドガンだ。
「G・バード! ゼロを殺せ!」
 ベイト粒子を放出させ、銃から三匹の鳥が射出された。
 翼を広げた全長は三十センチほど。光沢の無い金属のボディーをした鳥は、まるで生きているかのように嘶(いなな)き翼をはためかせる。三匹の鳥は特徴的な青白いベイト粒子を放出しながら、不規則で変則的な動きでゼロを追い詰める。
「チッ!」
 舌打ち一つ。ゼロは迫り来る鳥をレールガンの照準を合わせるが、それを見越したように鳥達は急降下をして桟橋の下へ潜り込む。
「人工知能搭載型か! オラクルはここまで開発を進めていたかッ!」
「いつまでもテロリスト達に後れを取っていられないのでな!」
「フンッ! 所詮はオールドタイプのファーストステージ!」
「黙れ! 貴様だってセカンドステージのなり損ないのくせに!」
「負け犬の遠吠えにしか聞こえないな!」
 ネオの手にする大型ハンドガンに青白い光が収束する。ベイト粒子を用いたベイトライフルだ。

 スパンッ!

 乾いた音を立て圧縮されたベイト粒子が放たれる。僅かに上体を逸らせ間一髪の所で圧縮粒子を躱したゼロ。だが、その回避行動を見計らったかのように背後から一匹の鳥が飛び出してきた。
 ゼロの脳裏に閃光が走る。黒いカンバスに三つの光が駆け巡る。そのうちの一つが、背後から出現したG・バードの動きとリンクしていた。目で見たのでも、肌で感じたのでもない。ただ分かるのだ。自分を殺そうとする機械の鳥の動きが、手に取るように分かった。
 通常なら確実にヒットする距離。だが、生まれ落ちたときから常人を遙かに超える身体能力を有するネクストであるゼロは、体を回転させ閃光のように突撃してくる鳥の一撃を避ける。が、翻(ひるがえ)ったマントに鳥が触れた瞬間、鳥が爆発を起こした。
 桟橋を壊すには至らない小さな爆発だが、ゼロを吹き飛ばすには十分だった。
「グッ!」
 吹き飛ばされたゼロは、欄干に強(したた)かに背中を打ち付ける。欄干に激突する瞬間、身につけている黒装束、ドレスが作動して衝撃を和らげた。
 甲高い声を上げ、更に二匹の鳥が突撃してきた。ゼロは右手を掲げた。目映い光がゼロの手元に生まれ、その光に触れた二匹の鳥が一瞬にして消滅した。爆発したのでも、破壊されたのでも無い。文字通り消滅したのだ。
「審判の光……」
 ネオが呻いた。
「AIを搭載しているからと言っても、所詮は作りもの……。自爆する兵器など、どうという事はない」
 ゆっくりと立ち上がったゼロ。彼が掲げる右手には、サッカーボール程の大きさの光球が浮かんでいた。硬かろうが強かろうが、触れるもの全てを消失させる邪悪な光。それがゼロの持つマギ、『審判の光』だ。
「逆転だな、ネオ。お前の背後に退路は無い」
 鳳凰のマスクの下から僅かに覗く口元が歪んだ。先ほどのゼロと同じように、ネオの背後には広大な空が広がっていた。
「さあ! 俺の前に立った愚かさを呪え! 俺はこれからも人を殺す! 俺の前に立ち塞がる人間は全て殺す!」
 ゼロが審判の光を桟橋に放とうとした時、彼の胸元から異常を知らせるアラームが鳴り響いた。

 ビービービービー!

 目覚まし時計など比較にならないその音は、大気をビリビリと振るわせ、ゼロの鼓膜を破壊し平衡感覚を失わせた。
「まさか……!」
 ゼロは胸に手を入れると、その音源の元を取りだした。小さなキューブ状の物体は、呼吸するように輝きながら徐々に光を増していった。光はあっという間に強まり、キューブを手にするゼロの手が透けるほどに強力になった。
 熱さを感じない光。だが、その光が瞬く度に、周囲の空間が僅かに歪む。その証拠に、こちらに向けてネオはベイトライフルを放っていたが、空間の湾曲により圧縮粒子は明後日の方向に飛んでいく。
「アイツ、俺を裏切ったのか……!」
 キューブを破棄したゼロは、蹌踉(よろ)めくように立ち上がる。
「逃がすか! ゼロ!」
 欄干に手を掛けた右腕が空間殺法によって切断される。だが、ゼロは呻き声一つ漏らさずに、欄干に足を掛けて宙を舞った。
 光が溢れる。
 空間の断裂がゼロの左足を切断した。
 バランスを崩したゼロは仰向けになり宙を仰いだ。
 光が膨れあがった。
 白かった光は徐々に赤みを増し、桟橋を蒸発させた。恐らく、ネオも一緒に蒸発しただろう。あの熱の中では、いかにネクストといえど耐えられはしない。
 赤い光は桟橋を蒸発させると、徐々に落下してきた。
 自由落下に身を任せたゼロ。彼はマスクの下で目を見開いた。思わず口から叫び声が溢れ出す。
「クソッ! クソッ! クソッ! 俺が、俺がこんな所で……! 俺はゼロだぞ! この世界で最強のネクストだ! 俺は最高のネクストだ!」
 ゼロの最後の叫びは、誰にも聞かれることなく、肥大した赤い光に飲み込まれた。


 西暦二二四三年。できるという理由だけで、アジアの小さな島国が次元の境界を歪ませ、異世界の怪物を呼び出してしまった。その怪物の名は『ソフィア』。斬ろうが焼こうが、何をしても死ぬ事の無い不死の生命体ソフィアは、人々を蹂躙(じゅうりん)した。たった一体のソフィアに人類は震撼し、あらゆる兵器を用いてソフィア抹殺を計った。だが、何をしてもソフィアを殺す事はできなかった。
 そこで登場したのが、二三世紀前半から出現した新人類ネクストだった。
 人という種の規格を遙かに凌駕した身体能力に加え、各個人に一種類のマギと呼ばれる超能力を持つネクストは、ソフィアの出現によって危機感を持った人類の進化と大衆からもて囃された。だが、世界中で起きたネクスト発生の裏側に、世界最大の軍事産業であるセブンラインの姿が見え隠れしていることに各国政府の上層部は気がついていた。
 セブンラインによる大規模な人体実験。一部の週刊誌やメディアはセブンラインを非難したが、セブンラインからは報道を否定する声明が出され、更にネクストの個体を調べてみても、DNAに人の手が加えられた痕跡は発見されなかった。
 ネクストの発生が自然であれ人工的であれ、彼らの力はソフィアによって疲弊し、恐怖していた人類にとって希望の光であり、その希望を背負ったネクスト達は見事にソフィアの封印に成功した。
 ソフィアを封印したネクストの名は『ネオ』。ネオは人類の救世主とまで呼ばれた。ネオの存在は人類の希望となり、その後、ネオはクローン化され、あらゆる時代に一人存在することになる。
 ネクストの出現により命を繋いだ人類。だが、愚かな人間はソフィアを倒してただけでは飽き足らず、封印されたソフィアの研究、利権を巡って争いを始めた。不死の生命体を研究すれば、自らも不死になれる。そう考えた人類の争いは世界各地へ伝播(でんぱ)し、第三次世界大戦勃発に至った。
 四年間に及ぶ第三次世界大戦。人類史上最も愚かな戦争。その戦争に勝者は存在せず、全てが敗者だった。
 化学兵器、細菌兵器、そして核兵器。あらゆる手を講じて行われた戦争は、人類の三分の一を失わせ、大地を人の住めない場所へ変えた。人々は大地を捨て、コロニーと呼ばれる巨大シェルターでの生活を余儀なくされた。
 負の歴史である西暦。第三次世界大戦終結の二二四八年を最後に、新西暦へと年号を改めた。


 新西暦元年。
 ソフィアが発生し倒れた地。かつて日本と呼ばれた場所にセフィロトと呼ばれるコロニーが建造された。直径三十キロ。高さ一〇〇〇〇メートルの巨大な塔。その上部は成層圏にまで達する程の高さのセフィロトには、約六〇〇〇万人の人々がひしめき合いながら暮らしていた。
 第三次世界大戦の切欠(きっかけ)となったソフィア。そのソフィアから抽出した細胞から得られたソフィアクリスタル。赤く輝くその結晶に、特定の周波数、光を照射するとアイン粒子と呼ばれる重粒子が放出されることが発見された。
 アイン粒子の発見は、荒廃した世界に生きる人類にとってとてつもなく大きな発見であり、未来への道標だった。単体で強力なエネルギーへと変換できるアイン粒子は、次世代のエンジンや兵器など、様々なものに利用された。
 だが、後々の研究で、アイン粒子は次元の境界を不安定にさせ、さらに眠りについているソフィアを刺激するとされ、使用を禁止された。そこで、今までの研究成果を結集し、科学者はベイト粒子の生成に成功した。
 アイン粒子の使用を取りやめ、ベイト粒子を用いた様々な機械が開発され、世界各地で建造が進んでいたコロニーは、西暦では考えられないほどのスケールとスピードで完成することになった。
 西暦時代に生み出された、宇宙空間でしか精製できないルナメタル。そのルナメタルを超高温、超圧力で他の金属と結合させたガイアメタル。さらにはカーボンナノチューブなどの技術はコロニー建造に大きな役割を果たした。
 そして、コロニー開発には欠かせない無人作業用マシーン。簡易的な人工知能を搭載した『アレス』の登場により、人々はコロニーの建造ではなく農業など様々な面に力を注ぐことができた。
 自分達の居住空間となるコロニーが完成した人類は、その中で独自の文化を発展させる。
 特に、ソフィアを有するセフィロトでは、一握りのネクストにより生み出されたオラクルと呼ばれる組織が台頭し、確固たる階級社会を構築した。
 新西暦三九四年。
 反オラクル勢力『ゴスペル』。その象徴となるゼロが引き起こした厄災を『アウターノヴァ』と呼んだ。
 アウターノヴァによる死者は五万人とも六万人とも言われているが、定かではない。
 アウターノヴァの一件以降、セフィロトを実質支配しているオラクルは、首謀者である『ゼロ』を徹底的に叩き、貶め、富裕層を中心に圧倒的支持を集め、その支配を更に強固なものとした。
 反オラクル、人々の解放を旗頭に掲げるゴスペルは、アウターノヴァは全てオラクルが仕組んだものと発表するも、その声明はオラクルにより握りつぶされる形となった。だが、オラクルに虐げられている人々の希望であるゼロのカリスマは失墜することはなかった。
 歴代最強と言われたゼロ。そのゼロが死んでから六年の月日が流れた。
 アウターノヴァの痕跡、グランド・ゼロは、セフィロトの最下層クヴァールの地下一〇〇〇〇メートルの場所に存在している。拳ほどの小さな球体が宙に浮かび、ユラユラとその姿を空間に溶け込ましている。その球体が発する熱は凄まじく、周囲の岩盤は常に融解しており、灼熱のプールが広がっていた。
 クヴァール最下層から直通エレベーターで五分ほどの場所に観測室があった。
「パンドラ、聞こえて?」
 ホログラムであるソリッド・アイの反射光で、薄暗い室内が緑色に浮かび上がる。一人の女性が目の前に浮かぶスクリーンに指を奔らせる。
 腰まで伸びる長い濡烏色(ぬれがらすいろ)の髪に、少し大きめの黒い瞳。真一文字に結ばれた口に冷たい眼差し。少し硬質的な感じのする女性の名はチハヤ・リスト。少女と呼ぶには大人びており、大人の女性と呼ぶにはまだ少し幼い。そんな微妙な年頃のチハヤは、目の前に浮かぶスクリーンを見て溜息を漏らした。

『聞こえるわよ』

「映像は? ちゃんと見えてる?」

 黒い瞳の表面に青いシグナルが灯る。数回チカチカと瞬くと、頭の中に声が聞こえてきた。

『問題ないわ。チハヤの視覚情報をそのままこちらで認識できるわ』

「なら問題ないわね」
 チハヤがスクリーンに映し出されるウィンドウをタップすると、更に新しいウインドウが目の前に広がる。チハヤは指先で軽く押してウインドウを遠ざけ、もの凄い早さで目を動かし表示されている情報を読み取る。円グラフも折れ線も、全てが正常値。異常を知らせる箇所はどこにも見あたらない。
「見ての通り、『神の雫(しずく)』は安定している」

『そのようね』

 チハヤは安堵の息を漏らすと、どっかりと壁に凭れ掛かる。胸元のファスナーを開けて空気を取り入れるが、一向に涼しくならない。
 観測所と言っても、ここは二メートル四方の小部屋だ。普段は無人で、チハヤが定期的に機器のメンテナンスを兼ねて詳細な情報を確認しに来ているだけだ。空調は完備されているものの、特殊強化ガラスの向こうに浮かぶ神の雫のせいで、この部屋は蒸し風呂のように暑い。

『こちらに送られている情報と若干の差異はあるけど、誤差範囲内ね。良いわよ、チハヤ、上がってきて頂戴。また後で会いましょう』

「ああ」
 言って、チハヤは壁に手を突いて立ち上がる。耳元につけたイヤフォンを取り、指先で二度擦ると、イヤフォンはドロリとチョコレート状に解けた。それをチハヤは器用に伸ばして髪留めを作る。長い後ろ髪を一つに纏(まと)めたチハヤは、右足を少しずる様にして歩き出した。
「チッ……また干渉を受けてる。新型のノイズキャンセラーも程度が知れる」
 スカートの裾から伸びる右足を睨み付けたチハヤは、憎々しく舌打ちをした。
 六年前。アウターノヴァによりチハヤは右足を失った。再生医療を受けるという手段もあったが、あの時は他に急を要する治療があったため、命に別状の無い右足は応急処置だけで後回しにされた。
 セフィロトの復興が進み、再生医療を受ける機会は何度もあったが、チハヤは失った右足をそのままに、人工筋肉と神経を使った義足をつけた。普段は健常者と何一つ変わらぬ生活を送れるが、グラウンドゼロに近づくと、義足に使われている人工筋肉と神経が一時的な機能障害を起こす。神の雫の影響である事は明白だったが、この神の雫といわれる物体の解析は何一つ進んでいないのが実状だ。
 エレベーターに乗り込んだチハヤは、音も無く移動を始める箱の壁に背を預けた。
 ソフィアを呼び出したゲートと同じ機構を持つといわれる神の雫。その禁忌とされていた物体を生み出したのは、オラクルだ。再びゲートを開き、ソフィアをあちらの世界に戻すためだと説明していたが、それを額面通りに受け止めるほどチハヤは子供では無い。
 懲りもせずにもう一度ゲートを開くというオラクルには呆れて物も言えないが、それを盗み出そうとしたゼロには怒りを通り越して言葉も出ない。
 あの時、ゼロが神の雫を持ち出さなかったら。あの時、ゼロが神の雫を暴走させなかったら。数万人の犠牲者は存在せず、彼らは今も生きていただろうし、チハヤの体も欠損することは無かった。だが、気分は不思議とスッキリしていた。
「フフ、足の一本くらいくれてやるわよ。あのゼロを殺すためならね」
 チハヤは喉の奥で笑った。丁度、エレベーターがクヴァールに到着した。音も無く扉が開くと、その先には黒塗りの車が止まっていた。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
 執事兼運転手兼雑用係のイル・オーエンが、少年の様な笑みを浮かべて頭を下げた。
「イル、準備はできているか?」
 イルが手渡すタオルを受け取ると、チハヤは後部座席に乗り込んだ。
「はい、お嬢様。一時間後にはティリエルの展望エリアでのパーティーです」
 ベイト粒子のエンジンを使用した車は、音も無く動き出した。
 ハンドルを握るイルはバックミラーでチハヤを確認する。
「お嬢様、一旦屋敷に戻ってシャワーを浴びますか?」
「必要ない。シャワースプレーで十分だ」
 言って、チハヤは広い後部座席で着替えを始める。学生服を脱ぎ捨てた所で、チラリとチハヤはバックミラーを睨み付けた。
「後ろ、振り返ったら殺すから」
 パチンとチハヤが指を鳴らすと、バックミラーに映り込んでいた映像が消えた。
 イルは残念そうに鼻を鳴らすと、遙か彼方に見えてきたエレベータへと車を向けた。
(続きは電子書籍で!)
登録日:2016年07月06日 18時39分

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